歳をとっても旅が好き

海外ひとり旅の記録?いや記憶かな

インドひとり旅(1997年) <9> インド4日目で早くも下痢、宿探しに悪戦苦闘

「Single, A/C, attached bath」とチラシに書いてあった「A/C」付の部屋を注文する。「It room fee is Rs.500?」と聞くと、黙っているので「May I see the room?」と言うと、その腹の出た男がにやついた顔で、A/C room Rs500はたったいま無くなったという。

インドひとり旅(1997年) <8> まだ3日目 プリ―(Puri)の町、ジャガンナート寺院のお祭りの只中で

ジャガンナート寺院の前から続くメインストリート「Grand Rd.」に出ると、物凄いに賑やかさだった。びっくりしたのは、大通りの両脇に、きれいに二列に並んだ夥しい数の物乞いの列だった。こんな多数の物乞いをはじめてみた。

インドひとり旅(1997年) <7> 3日目 海辺の保養地プリ―(Puri)に到着

ルンギー姿の年配のワーラーの漕ぐサイクルリキシャに乗った。私が行く先を言わぬ前に「Love & Life?」と訊く。色々説明しなくて良いので、「Yes、Please.」と言うと、走り始めた。道には私を乗せたサイクルリキシャ以外、野良牛が歩いているだけだ。

インドひとり旅(1997年) <6> まだまだ2日目 慌ただしくカルカッタを出発

しばらくロビーで待つがエージェントが来ないので、レセプションの人に「Could you tell me when the Tour agent comes.」と託して、レストランに向かった。 今後いつ食べられるか判らないので、タンドリーチキンを注文する。

インドひとり旅(1997年) <5> まだ2日目 カルカッタの鉄道予約オフィスを訪ねて

エスプラネード駅沿いのこの通行の激しい通りを、キャスターの付いた小さな台に乗った脚の悪い男が、腹ばいのまま両手で地面を漕ぐ様にして渡って行く。誰も注目もしなければ、車やオートリキシャが徐行したり待つことも無い。

インドひとり旅(1997年) <4> 2日目 カルカッタ(Calcutta)の街をあるく

Mさんとホテルを出て、サダルストリートをチョーロンギー通りと反対の奥へと歩いて行った。彼はガイドブックを持っておらず、私の持っていたガイドブックを見て、これからひとりでインドを廻るので買っておきたいと言ったのだ。

インドひとり旅(1997年) <3> 1日目 旅のはじめ・カルカッタへ出発

ダムダム空港では飛行機からタラップで降り、歩いて低層のターミナルビルに入るとすぐにイミグレーションになった。遅い時間だが、薄暗く広い体育館の様な室内いっぱいに長蛇の列が出来ていた。殆ど男性で、多くは半袖のシャツに綿のズボン。中にはサンダル…

インドひとり旅(1997年) <2> 旅の準備 インド大使館でVISAをとる

インドに行く殆どの観光客は、旅行代理店にビザの取得を依頼するだろう。しかし今回私は、自分でインド大使館に行って、ツーリストビザ取得することにした。理由は、もちろん自分でやってみたかったからだ。

インドひとり旅(1997年) <1> 旅の準備 「インドって大丈夫でしょうか?」

「インドって大丈夫でしょうか?」窓口に出てくれた男性に、最初にそう聞いた様な気がする。最初に買ったガイドブックの表紙には「インド世界を1日1,500円以内で、ホテルなどの予約なしで鉄道とバスを使って旅する人の入門ガイド」と書いてあった。

ミャンマーひとり旅(2017年) <75 最終回> 21日目 帰国 しかしヤンゴン空港のイミグレで立ち往生

左側の係官のカウンター前に立って、パスポートと書いたばかりの出国カード、航空券を出す。しかし係官は、私を見つめながらしきりに首を捻って、何度もパスポートを機械に掛けている。次第に私の後ろは長い列になってしまった。

ミャンマーひとり旅(2017年) <74> まだまだ21日目 ヤンゴン日本人墓地にて 日本人捕虜の扱い

日本の敗戦後、イギリス軍の日本人捕虜への扱いは苛酷を極めたらしい。イギリス軍の報復だったのだろう。労務は、自動車道路の建設、鉄道工事、埠頭の荷役、糞尿処理、墓地に仮埋葬された腐乱死体の移動など、厳しい肉体労働と劣悪な環境の使役が主だったら…

ミャンマーひとり旅(2017年) <73> まだまだ21日目 アウン・サン博物館⑤ 軍政から民政へ ミャンマーの天然ガス

ミャンマーの天然ガス田は1990年代前半に発見され、1990年代後半にかけ生産が始まっている。生産量の60~70%が輸出され、その額は、2014年度は51億ドルに上り、ミャンマーの輸出全体の41%を占めている。しかもその特徴として、輸出代金の政府取り分が70~8…

ミャンマーひとり旅(2017年) <72> まだまだ21日目 アウン・サン博物館④ つづく軍政の時代 社会主義と軍政

1974年ネ・ウィン大統領に就任。軍事政権。ネ・ウィン政権は、内向きの計画経済体制をとり、矛盾が噴出していた。

ミャンマーひとり旅(2017年) <71> まだまだ21日目 アウン・サン博物館③ ビルマ連邦の建国と軍事クーデター

1948年1月4日、ビルマは「ビルマ連邦」としてイギリスから独立する。しかし独立直後からカレン族が独立闘争を始め、共産党も政権を離脱。 1949年には、中国国内での国共内戦に敗れた中国国民党軍の残存勢力が、シャン州に侵入。此処を拠点に「雲南省反共救国…

ミャンマーひとり旅(2017年) <70> まだ21日目 アウン・サン博物館② 「アウン・サン=アトリー協定」とアウン・サンの暗殺

<2日目ー2> 2017年 6月11日 日曜日 ヤンゴン 雨 時々曇り 27度。ヤンゴンのカンドーヂ湖(Kan Daw Gyi Lake)の北にある、ミャンマー建国の父と呼ばれるアウン・サン将軍の生前の住居だった、アウン・サン博物館(Bogyoke Aung San Museum)に来ている。…

ミャンマーひとり旅(2017年) <69> 21日目 アウン・サン博物館① アウン・サンと独立を目指すビルマ

1945年(昭和20年)8月15日、日本の降伏によって戦争は終結した。 しかし期待を抱かせた戦争勝利後の独立の夢はかなわず、ビルマは再び植民地のイギリス領ビルマに戻った。

ミャンマーひとり旅(2017年) <68> 20日目 インレー湖からヤンゴンへ還る

<20日目>2017年 6月10日 土曜日 インレー湖は曇り、時々晴れ 27度。ヤンゴンは雨で蒸し暑い。 <インレー湖からヤンゴンへフライト>6:00起床。昨夜は良く眠れなかった。眠い。荷物のパッキングをする。いつもながら、荷物が多い。何か買い足した訳でも…

ミャンマーひとり旅(2017年) <67> まだ19日目 湖上の寺院ファウンドー・パヤー

<19日目ー2>2017年 6月9日 金曜日 ニャウンシュエ 晴れ のち曇り、時々雨。今日はボートで、インレー湖のトリップに出ている。 <ファウンドーウー・パヤー>インデインから、再びボートで細い水路を戻って行く。インレー湖最大の寺院ファウンドーウー…

ミャンマーひとり旅(2017年) <66> 19日目 インレー湖でボートトリップ

<19日目ー1>2017年 6月9日 金曜日 ニャウンシュエ 晴れ のち曇り、時々雨。 <インレー湖でボート・トリップに出発>6:00起床。7:00朝食。ジプシー・インは、部屋は旧いし、シャワールームは逃げ出したくなる位だが、朝食は良い。コーヒーはポットに入…

ミャンマーひとり旅(2017年) <65> 18日目 ニャウンシュエの五日市巡り

<18日目>2017年 6月8日 木曜日 ニュウンシュエは、曇り 時々晴れ、時々雨。それ程暑くない。27度。 <ゲストハウスGH ジプシー・イン>7:00過ぎに起きる。昨日までバガンに居たせいか、此処は涼しい。身体が楽だ。7:45頃、一階別棟のダイニングで朝食。…

ミャンマーひとり旅(2017年) <64> まだ17日目 インレー湖畔の町、ニャウンシュエに到着

<17日目ー2>2017年 6月7日 水曜日 インレー湖、ニュウンシュエは、曇りのち雨。暑い。 <カローからニャウンシュエに到着>13:20、昼食休憩から再び出発。14:10シャン高原(Shan plateau)の町カロー(Kalaw)に到着。欧米人のグループが何名か降りる。…

ミャンマーひとり旅(2017年) <63> 17日目 バガンからインレー湖に向けて出発

<17日目ー1>2017年 6月7日 水曜日 晴れ ニャウンウーは曇り。暑い。インレー湖、ニュウンシュエは、曇りのち雨。暑い。 <バガンからインレー湖へ>パガンのホテル、モーテル・ゼインで4:00起床。昨日眠れず、睡眠不足。何故か九州勤務時代のことがあれ…

ミャンマーひとり旅(2017年) <62> 16日目 バガンは何処でもツナサンド

<16日目>2017年 6月6日 火曜日 バガン 晴れ 暑い。36度。昨日は一日、馬車に揺られてバガンの遺跡巡りをした。でもあまりの暑さに、頭がくらくらだ。 <今日は休養日>I will rest for a day today.朝食時レセプションで、年配の女性から、昨日は早く帰…

ミャンマーひとり旅(2017年) <61> まだ15日目 馬車に揺られてバガン見物も、なかなか大変(笑)

<15日目ー2>2017年 6月5日 月曜日 バガン 晴れ 暑い。34度。朝から馬車に揺られて、バガンの遺跡巡りをしている。<安楽な物見遊山のつもりだったが・・・>ティーローミィンロー寺院(Htilominlo Yemple)に参拝する。 ティーローミィンロー寺院(Htil…

ミャンマーひとり旅(2017年) <60> 15日目 馬車に揺られてバガン見物

<15日目ー1>2017年 6月5日 月曜日 バガン 晴れ 暑い。34度。昨日マンダレーから、故障続きのミニバスでようやくバガンの入口の町、ニャウンウーに着いた。 <バガン遺跡>6:30にDiningで朝食。目玉焼きとトースト、コーヒーを飲む。小ぶりのトーストに…

ミャンマーひとり旅(2017年) <59> まだまだ14日目 ニャウンウー最初の食事は・・・

<14日目ー3>2017年 6月4日 日曜日 ニャウンウーは、晴れて暑い。マンダレーから、エーヤワディー河の畔の町ニャウンウーへやって来た。ここニャウンウーは仏教遺跡で有名なバガンへの入口の町だ。 <ニャウンウーって真夏の海岸?>ようやく着いたニャ…

ミャンマーひとり旅(2017年) <58> まだ14日目 なんとか着いたバガン、ニャウンウーの町

<14日目ー2>2017年 6月4日 日曜日 マンダレーは晴れ 暑い。朝から27度。ニャウンウーは、晴れてもっと暑い。朝6:30、マンダレーのバスターミナルを出発した「VIPバス」のミニバスは、道中途中で早くも故障して停車して仕舞った。 <VIPバスの修理を見…

ミャンマーひとり旅(2017年) <57> 14日目 マンダレーからバガンへ、VIPバスの旅のハズがぁ!!

14日目ー1>2017年 6月4日 日曜日 マンダレーは晴れ 暑い。朝から27度。<マンダレーのGHをチェックアウト> 4:00起床。荷物をバックパックにパッキングして、朝食は摂れないまま、5:45チェックアウト。レセプションは例の男性で相変わらず無愛想だったが…

ミャンマーひとり旅(2017年) <56> まだ13日目 ウーペイン橋とフィッシュ&チップス

<13日目ー21>2017年 6月3日 土曜日 マンダレー 晴れ 暑い35度マンダレー郊外を巡っている。<ザガイン・ヒルの日本人戦没者の慰霊碑>対英米戦争(第二次大戦)が始まった1941年(昭和16年)12月の時点で、陸軍の方面別兵力は中国大陸に68万人、満州・…

ミャンマーひとり旅(2017年) <55> まだ13日目 ザガインヒルの慰霊碑の前で⑲ シッタン脱出③ シッタン河の突破と終戦

<13日目ー20>2017年 6月3日 土曜日 マンダレー 晴れ 暑い35度マンダレー郊外を巡っている。エーヤワディー河の畔の小高い丘、ザガインヒルには沢山の僧院やパヤーが建っている。その中で、エーヤワディー河の河面を望む地に、沢山の旧日本軍兵士の慰霊…