歳をとっても旅が好き

海外ひとり旅の記録?いや記憶かな

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <18> まだ5日目 シャールクネ・アーラム(世界の柱)

<5日目ー2>2000年 3月13日 月曜日 ムルタン(Multan) 晴れ<シャー・ルクネ・アーラム(Shah Rukn-e-Alam)>この街に来た理由のひとつが、ダルガー(Dargah)の「シャー・ルクネ・アーラム(Shah Rukn-e-Alam)」(世界の柱)だ。 ダルガーとは…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <17> 5日目 古都ムルタンMultanに着いた

<5日目ー1>2000年 3月13日 月曜日 ムルタン(Multan) 晴れ昨晩、ラホールの町を出発したフライング・コーチは、パンジャブ平原を南下して来た。<ついにムルタンに着いた>04:00に、ムルタン・キャントンメントMultan Cantonment駅前からSilver…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <16> まだまだ4日目 ムルタンへ向けフライングコーチは夜道を往く

<4日目ー3>2000年 3月12日 日曜日 ラホール(LAHOR) 晴れ<道に迷って車の鈑金工場に>道案内をしてくれた若者2人と別れた後、まだ暗くなるまでには時間があるので、New Anarkali Bazarからホテルまで歩いて戻ることにした。手元には正確ではな…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <15> まだ4日目 一緒に、昼飯食わないか?

<4日目ー2>2000年 3月12日 日曜日 ラホール(LAHOR) 晴れひとりでラホールの街歩きに出掛けたが、道を聞こうと声を掛けた地元の若者二人に案内されて、ラホールの素晴らしい史跡を訪ねている。<ラホール・フォートLahore Fort>徒歩で、バード…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <14> 4日目 ラホール博物館、バードシャーヒー・モスク

<4日目ー1>2000年 3月12日 日曜日 ラホール(LAHOR) 晴れ <彼らとの出会い>ホテルのレセプションに電話して、朝食にルームサービスを頼む。昨日もそうだったが、このホテルには場所としてのDiningは無いのかもしれない。キッチンは有るので、…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <13> まだまだ3日目 ラホールの観光バスツアーとビザ・ハット

<3日目ー7>2000年 3月11日 土曜日 ラホール(LAHOR) 晴れTDCPの、ラホールの市内Tour「Afternoon City Tour」に参加して、市内を巡っている。<Afternoon City Tour>「Afternoon City Tour」のミニバスは、ワジル・カーン・モスク(Wazir Khan …

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <12> まだ3日目 インド・パキスタンの独立と「Partition」

<3日目ー7>2000年 3月11日 土曜日 ラホール(LAHOR) 晴れラホール二日目。TDCPの、ラホールの市内Tour「Afternoon City Tour」に参加して、市内を巡っている。<イギリス領インド帝国からの独立>1947年7月18日、イギリス議会で成立したインド独…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <11> まだ3日目 印パ分離独立前夜 小説「タマス TAMAS」の描く世界

<3日目ー6>2000年 3月11日 土曜日 ラホール(LAHOR) 晴れラホール二日目。TDCPの、ラホールの市内Tour「Afternoon City Tour」に参加して、市内を巡っている。 <小説「タマスTAMAS」の描く時代>1947年、イギリスの植民地だった英領インド帝国…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <10> まだまだ3日目 1947年英領インドからの独立前夜

<3日目ー5>2000年 3月11日 土曜日 ラホール(LAHOR) 晴れラホール二日目。TDCPの、ラホールの市内Tour「Afternoon City Tour」に参加して、市内を巡っている。<イギリス領インド帝国からの独立>第二次大戦中の1942年8月、インド国民会議はイギ…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <9> まだ3日目 ラホールとスイック教

<3日目ー4>2000年 3月11日 土曜日 ラホール(LAHOR) 晴れラホール二日目。TDCPの、ラホールの市内Tour「Afternoon City Tour」に参加して、市内を巡っている。 <ラホールとスイック教徒>ラホールという町は、ヒンドゥーが多数派のインドにとっ…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <8> まだまだ3日目 ラホールは、インドとパキスタンの歴史を変えた町

<3日目ー3>2000年 3月11日 土曜日 ラホール(LAHOR) 晴れラホール2日目。TDCPの、ラホールの市内Tour「Afternoon City Tour」に参加して、市内を巡っている。 <英領インドの民族運動>ムガール帝国の次に広大なインド亜大陸を占領、統治したの…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <7> まだ3日目 ラホールの街

<3日目ー2>2000年 3月11日 土曜日 ラホール(LAHOR) 晴れラホールに着いて二日目。今晩の宿を探している。<Hotel Indusはどお?>YWCAで宿泊出来ないかと、ドミトリーの部屋を見せて貰ったが、ベッドを使っている皆が皆シュラフを使っているら…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <6> 3日目 ラホールの街で宿を探す

<3日目ー1>2000年 3月11日 土曜日 ラホール(LAHOR) 晴れ<ラホールの街で宿を探す>Hotel Ambassadorで朝食(ホテル代金にinclude)後、荷物をまとめてcheck outする。ここは、右も左も分からないパキスタンでの最初の宿と言うことで、日本の旅…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <5> まだ2日目 パキスタン、これから何処へ行こう?

<2日目ー5>2000年 3月10日 金曜日 ラホール(LAHOR・PAKISTAN)インドのニューデリーを出発したパキスタン航空の飛行機は、夜のラホール空港に到着。「SUZUKI」のタクシーで、パキスタンで最初のホテルに着いた。<パキスタン、これからの旅の行…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <4> まだまだ2日目 ついにパキスタン・ラホールに到着した

<2日目ー3>2000年 3月10日 金曜日 ラホール(LAHOR・PAKISTAN )ニューデリー空港では、PIAのover Bookingであわや搭乗できず?の事態だったが、なんとか無事搭乗出来た。<夜のパキスタン・ラホール(LAHOR)空港に到着>18:30、インドのニュー…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <3> まだ2日目 パキスタンへ向け一路フライト!の筈だが

<2日目ー2>2000年 3月10日 金曜日 ニューデリーNew Delhi 晴れ<ニューデリー空港で、まさかの事態が>13:30、午前中デリー市内の観光に連れて行って貰ったエージェントに、 Indira Gandhi international Airportへ車で送ってもらう。 昨日着い…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <2> 2日目 インド・デリーを巡る

<2日目ー1>2000年 3月10日 金曜日 ニューデリーNew Delhi 晴れ <デリー(DELHI)の名所を巡る>昨日、空港から現地のエージェントに連れてきてもらった、Hotel Ranjitで目覚める。 Diningで小さくて薄いパン、目玉焼き、チャイの朝食。Rs.158(…

インド・パキスタンひとり旅(2000年) <1> 1日目 旅のはじめ・出発

<新しい旅のはじめ> パキスタン・ムルタンの町 <注記>これは、2000年に行った旅行の記録です。地名の表記などは現在と異なっていますが、あえて旅行当時のままにしてあります。記載内容の事実誤認や誤謬は、全て筆者の勉強不足であり、他意はありません…

南インドひとり旅(1999年) <16> 7日目 旅の終わり・帰国

しかしこんな早朝なのに、人が多い。見ると男女ともほとんどはコロンボ経由で中東などへの出稼ぎの人達の様だ。皆が皆、沢山の荷物を持って並んでいる。普段着のままの服装の人が多い。中にはサンダル履きの人もいる。

南インドひとり旅(1999年) <15> まだ6日目 出会った2人とコーヒーハウスで夕食

インディアン・コーヒーハウスは、4階建の茶色の渦巻きの様な、ユニークな螺旋形の建物だ。壁には三角形の窓が幾何学的に並んでいる。中に入ると一階から二階、三階へと、階段が無く、床そのものが螺旋状に傾斜しながら上へ上っている。

南インドひとり旅(1999年) <14> 6日目 ツアーバスでコヴァーラムビーチへ

<6日目ー1>1999年 2月25日 木曜日 トリヴァンドラム(TRIVANDRUM) 晴れ <トリヴァンドラムを散策>朝4:00に目が覚めるが、起きるものかと10:00まで寝る。もう移動は無いし、予定も無い。いくら寝ても良いはずだ。明るくなって、部屋の窓から望めるの…

南インドひとり旅(1999年) <13> まだ5日目 バスに乗ってトリヴァンドラムへ向かう

カニャークマリからアラビア海沿いのケララ州トリヴァンドラムまでの距離は、凡そ87Km位だが、このBUSに乗って3時間30分掛かるらしい。BUS運賃は、Rs.23(約80円)をBUSの中で、車掌に支払った。

南インドひとり旅(1999年) <12> 5日目 巡礼者と一緒にガートで朝日を拝む

<5日目ー1>1999年 2月24日 水曜日 カニャークマリ 晴れ<夜明けのカニャークマリ(KANYAKUMARI)>朝4:00、持参した小型の目覚まし時計のアラーム音で目覚める。5:30、起きだして日の出を見に行く。 周囲はまだ暗いが、昨日行った海岸のガートの周囲は…

南インドひとり旅(1999年) <11> まだまだ4日目 南インドの食事「ミールス」を食べる

<4日目ー3>1999年 2月23日 火曜日 カニャークマリ 晴れカニャークマリの海岸のガートで出会った、マドラス(チェンナイ)でサザン・レイルウェイ(Southern Railway)のA/Cコーチの車掌をしているという、ジョンとその友人と一緒に散歩している。<「Hot…

南インドひとり旅(1999年) <10> まだ4日目 ヴィヴュカーナンダ岩に行く

朝日を拝みに来ていた多くの巡礼者はおおかた引き上げた後だったが、階段状になったガート(Bathing Ghat)にはカラフルなサリー姿の女性や、シャルワール・カミーズやシャツにズボン姿の男性など老若男女が波の打ち寄せる水辺に集まっている。

南インドひとり旅(1999年) <9> 4日目 朝のカニャークマリに着いた

明け方着いたのだからと寝ていたのだが、朝9時過ぎに目覚めた。ホテルのDining Roomに出ていくと、朝日の射し込む窓越しに、漁師の丸木舟の並んだ砂浜の先に、南国特有の薄いパステルグリーンのような海が見渡す限り広がっていた。

南インドひとり旅(1999年) <8> まだまだ3日目 マドゥライからカニャークマリへ、巡礼バスは行く 

Hotel Chentoorの階下にあるtravel Agentで待って居ると、22:00に中型バスが裏道からやって来た。これから、マドゥライ(MADURAI)からインド最南端のカニャークマリ(KANYAKUMARI)(ケープ・コモン)まで、この夜行BUSで移動する。多分距離は、250Kmくらいか…

南インドひとり旅(1999年) <7> まだ3日目 マドゥライのミーナクシ寺院 

東西南北四方に、高さ40mから60mにもおよぶ巨大なゴプラム(Gopuram塔門)が聳えている。その全面には赤や青、黄色、緑と極彩色の神様の像がこれでもか!と折り重なるように飾られていて、日本の美のバランスや静謐さとは正反対の、過剰とも思えるエネルギ…

南インドひとり旅(1999年) <6> 3日目 早朝のマドゥライに着いた 

宿を取ろうとガイドブックで目星を付けていたホテルに行く。 Receptionで「Can I get a Room?」と聞くと、「OK」と。何泊かと聞かれたので「One night only」といったら、「FULL」だと断られた。

南インドひとり旅(1999年) <5> まだまだ2日目 夜行列車でマドゥライへ出発 

チェンナイにはインド各都市を結ぶターミナル駅のチェンナイ中央駅(Chennai Central Railway Station)と、タミル・ナードゥ州各地を結ぶマドラス・エグモア(MADRAS EGMORE)駅がある。私の乗るSouthrn Railwayの19:30発、夜行「6717 PANDYAN EXP. (A/C …