<15日目ー2>
2017年 6月5日 月曜日 バガン 晴れ 暑い。34度。
朝から馬車に揺られて、バガンの遺跡巡りをしている。
<安楽な物見遊山のつもりだったが・・・>
ティーローミィンロー寺院(Htilominlo Yemple)に参拝する。
馬車で巡っていると、道路を小型のレンタルバイクに乗った欧米人の男女を見かける。これは電動の「Eバイク」で、自転車扱いでライセンスもいらないらしい。タンクトップに短パン姿の欧米人の女性が颯爽と風を切って走っているのを見ると、本当に羨ましい。走っていれば涼しいし、何より自分が好きなところに行かれるのだ。
しかしEバイクは中国製で、時折バッテリー切れも起こるらしい。走行距離が多すぎるのもあるが、もともと充電が十分でなかったり、バッテリーの劣化の問題もあるらしい。途中で停まってしまったときはレンタル屋に電話することになっているが、直ぐに対応してくれるか疑問だ。
そしてバガンのパヤーを巡っていると、砂地が多く、このEバイクが砂に車輪を取られて横転しているのを良く見かける。バッテリー切れなどの故障も、横転事故も欧米人などの様に数人のグループで動いていれば良いが、私の様に単独で動いている者には、特にただでさえ問題の多い老人には敷居が高いなぁ。
この後、珍しく総チーク材で作られたナッタウン僧院(Nat Taung Kyaung Monastery)に行く。
建物も彫刻も素晴らしいが、中に入って見ると、蜘蛛の巣が張っているガランとした本堂。誰も居ないのかと、ふと反対側の入り口を見ると紅い袈裟の僧侶と目が合った。慌ててスマホを片手に持ちながら合掌すると、向こうも合掌してくれた。
ミャンマーの殆どの寺院は入場無料で、土産物店以外寺院の入り口は誰も居ない。必ずある注意書きは「靴を脱いで」位なので、本当に何処まで入って良いのか迷う。
この僧院の裏手は階段になって居て、エーヤワディー河に降りることが出来る。ゴミが沢山棄てられた脇の階段を降りて行くと、対岸が霞む位川幅いっぱいに土色の水が滔々と流れている。その岸に、船が何艘か舫っている。
バガンは年間を通して雨が殆ど降らないらしいが、マンダレーなどの雨季は5月下旬から10月中旬位なので、今は雨季の始まりの時期で、河も一番水量の少ない時期だろう。それでもこの川幅と流れだ。川幅は優に1000mはあるだろう。
第二次大戦中のビルマ戦線で、1945年2月21日、日本軍の第33師団の守備隊を破って、英第14軍、英第4軍団隷下の第17インド師団と第255戦車旅団が此処を渡河したのち、一気にメイクテーラ(現ミッチーナ)まで突進して、ビルマ戦線最後の大会戦だったイラワジ会戦を瓦解させた地だった。
此処を守っていた沢山の日本軍将兵や、インド国民軍将兵の血が流れた場所なんだ。
再び階段を上がって戻ってくると、横にある小屋の入口の壁に「Road to MANDALAY」と描かれていた。
鉄道や道路が整備されていない時代、米や穀物、チーク材などを運ぶ舟も皆このエーヤワディー河が、上流にあるコンバウン朝の都マンダレーへの道だったのだろう。いまもマンダレーへ遡上する船便があるみたいだが。
行った寺院、登ったパヤーで正直覚えているのはその位だ。何処を見ても、何処に行っても同じ様に見えてくる。信心が足りないんだろうなぁ。
午前中最後に行ったのは、バガンを代表すると言われるアーナンダ寺院(Ananda Temple)だが、正直疲れていたのでよく覚えて居ない。
仏具屋や土産物店が並ぶ狭い参道を上がり、広い石作りの寺院内部を周っていると巨大な黄金の仏象が立っている。また次の部屋に移動しようとすると、前を一匹のネズミが通路を横切って行くのが見えた。この石の建物のどこに住んでいるんだろう。
外に出た。帽子は被っているのだが、陽射しは強烈で暫くすると頭がクラクラして、日陰まで走って行って、思わず座り込んでしまう。
<ツナサンドとお喋りな馭者>
14:00近くなって、アーナンダ寺院近くのレストラン「BRAVO」に入る。メニューの中にローカル料理の他にピッザがあるので頼んだら、それは今出来ないと。仕方なくツナサンド、ソーダを頼む。
写真を撮り忘れる位ガツガツ食べる。ちょっとローカル風味がしたが、付け合せのフライドポテトも完食する。ビールを飲まないかと馭者が言うので、自分はいらないが飲みたいなら飲んでも良いと云うと、嬉しそうに飲んでいた。
御者の分も含め8,000Ks(約640円)。
時間なのか他に客が居らず、扇風機を自分たちの方に固定して貰って、涼を取る。出掛けるのが嫌になる位疲れた。この間も一緒に食事していた馭者が、酔ったのかベラベラ喋りまくるので、思わず「Be Quiet‼︎ , please.」と声を荒げて仕舞った。
この後馭者に、ココとココだけ行ったらホテルに戻る様依頼する。
バガンで最も高い64mの塔を持つタビニュイ寺院((Thatbyinnyu Temple)。この寺院の向かいには、日本人戦没者の慰霊碑が建ったタビニュイ僧院がある。
そして次は、登る人の最も多いシュエサンドゥー・パヤー(Shwesandaw Paya)だ。夕日見物の名所らしい。
寺院の中に入り、ミャンマー人のグループの後に続いて上に登る。此処の階段は建物の中に付けられた内階段なので、転落の危険は無いが何せ長い。息を切らせて登ると、階上のテラスからは流石に良い眺めだ。風も心地良い。
さっき行ったタビニュイ寺院の尖塔もすぐ先に見える。
しかし、塔の周りを巡っているテラスは、ミャンマーの灼熱の太陽に照らされて焼かれた鉄板の様だ。それでも所々にシートが敷いてあるが、それも熱い。外国人だけでなく、ミャンマーの人も歩くのを躊躇している。私はテラスへ踏み出してみたが、余りの熱さに本当に火傷すると思って、飛んで日陰になった階段の入口まで戻った。
そのまま降りて来たが、頭がクラクラする。これは本気でまずい‼︎ と思って、入口にいる物売りの女性に足元にあるココナッツジュースを頼む。
すると、私の様子が只事でないと見えたのか、彼女が座って居た風呂場で使う様なプラスチックの背の低い小さな椅子に座らせてくれた。
手早く鉈でココナッツを割ると、ストローを差して渡してくれる。生温かったが、程良い甘みでホッとする。私が飲んでいる間、女性はずっと団扇で風を送っていてくれた。本当に有難い。US$1。
タフで元気で、歳を感じさせない私も(失笑)、流石にもう駄目だと思った。ホテルに帰って、エアコンの部屋で横になりたい‼︎
やっとのことで馬車に帰ると、馭者に伝え、タラバー門を見ながらホテルに戻って来た。
ホテルの前で、25,000ks(約2,000円)とチップを馭者に支払う。彼はハイシーズンなら40,000Ksだったよと言って帰って行った。
ホテルの中に入ると、Receptionに居た年配の女性が、帰りが早かったからか「Something happen ? 何かあったの?」と聞くので、「I`m tired. Thank you.疲れちゃって。」と言って部屋に戻った。
エアコンを点け、取り敢えず汗でビッショリ濡れた衣類を脱いでシャワーを浴びる。
そのままベッドで寝てシマッタ。
お腹が空いて起きた時は、もう夜だった。お腹が減るが、今から野犬のウロウロする夜道を1人で出かける気はしない。
ミニバーを開けて、初めてミャンマービールを飲んで寝る。
明日?明日は完全休養日にする。早起きはしないぞ〜〜。でもお腹が空いて起きちゃうかな(笑)。