<11日目>
2000年 3月19日 日曜日 ニューデリー 晴れ
昨夜、アムリトサル・ジャンクションAmritsar Junction駅から、16:10発の夜行列車に乗った。
<ニューデリー駅に到着>
早朝の04:30 、ニューデリー(NEW DELHI)駅に到着した。
到着後、列車で同宿だったARMYの男性と挨拶して別れた。
これから何処に行くにしても、まだ早い。
駅のupper classのWaiting Roomで暫く休んでから、駅西口のパハールガンジ(Paharganji メインバザール)側、1番ホーム側の出口に出た。
駅前の通りは安宿街で、世界中のバックパッカーが集まる場所だ。
1997年の最初のインド旅行の際にも、カルカッタからの列車でこの駅に降り立ったが、直ぐにYMCAを目指してコンノートプレース方面へ向けて、オートリキシャに乗って行ってしまっていた。
駅のCloak roomにRs.10(約35円)/日で荷物を預けて、フライトの時間までデリーの街を歩こうかとも考えたが、もともと病み上がりの上夜行列車で来たので、疲れていたし、何よりシャワーを浴びたかった。
相変わらぬ沢山の呼び込みのなか、少し歩いてからサイクルリキシャに乗り、前夜ガイドブックで見ていた、Main Bazarから少し離れた大通りのDesh Bandhu Gupta Rd.沿いの、Hotel Kumar Palace に向かって貰う。
リキシャ・ワーラーはそのホテルを知っているらしく、直ぐに走り出した。
まだ早朝のひんやりした空気の中、既に大混雑の車道をしばらく走って、此処デリーではちゃんとホテルに着いてくれた(笑)。Rs.20(約70円)。
<Hotel Kumar Palace>
レセプションで「Can I get a room?」と聞くと、大丈夫だと。
料金はRs.595(約2,083円)とTAX10%とのこと。大分高い様な気がしたが、まあ最後なんでと気を取り直して、デポジットRs.600を現金で払う。
このホテルは、ニューデリーに着いて一休みしたくなったらと、昨晩の夜行列車の中で、ガイドブックを見ながら選んでおいた宿の一つだ。
新しくきれいなミニホテルだ。部屋も白い壁にツインのベッド。しかし残念なことに、Hot Waterではなく水しか出なかったが、早々にシャワーを浴びた後、ベッドで寝る。疲れた。
9:50、ホテルの部屋の電話から、デリーのJAL(日本航空)の Officeに電話する。帰国便のReconfirmが心配だった。
旅行を始めてまだ2日目の3月10日、ニューデリー空港からラホールへ向かう予定のパキスタン航空で、まさかの「over booking」で足止めされて以来、「Reconfirm」はトラウマなのだ。
しかし電話に出ない。日曜だからかな。でも航空会社って、日曜日休みなのかなぁ。
昼前に起きて、ホテルの屋上にあるレストランで、サンドイッチとフライドチキンの食事を摂る。
サンドイッチ(Rs.28)、フライドチキン(Rs.55)、チャイ(Rs.4)、税金を入れてRs.91.3(約320円)。
久しぶりの食事で美味しい。
しかし、去年の南インドの旅行で行ったマドライMaduraiの、同じように屋上にあったレストランからは、有名なミーナクシ寺院Meenakshi Templeの四方に建つ塔門のゴプラムGopuramが望めたが、ニューデリーのこの屋上からは、特にどこか名所が見える訳でもない。
パハールガンジの密集した、看板や絶え間ない騒音の中に、スラムの様なくすんだ色の小さな家並みが続いているだけだ。でも、むしろ、何かインドで観る最後の景色にふさわしい様に思えた。
食後に、ここの白いシャツに黒いズボン、鼻の下に髭をたくわえた2人の若い従業員と一緒に、写真を撮り合う。
15:00、ホテルをcheckout。
食事代と電話代を清算する。電話代はRs.16(約56円)。代金にそれぞれ10%のTAXが付く。部屋代のTAX含めRs.757.9(約2,653円)。デポジットでRs.600払っているので、差額Rs.157.9を払う。
ReceptionでTaxiを呼んでもらい、空港へ向かう。来たのはやはりアンバサダーだ。今回は何故か後席に乗り込んだ。
<帰国 ニューデリー空港>
9日ぶりのIndira Gandhi international Airportに到着。タクシーはRs.350(約1,225円)。
空港に到着するが、まだフライト時間より大分早いのでターミナルビルには入れない。また反対側にある向かいのVisitor Roomに、Rs15(約53円)を出して入り待つ。
中でチャイRs.4(約14円)を飲む。これもインドで最後のチャイかなァ。甘い。
17:15、セキュリティを通ってターミナルビルに入り、JALのカウンターでcheck in。「Reconfirm」はしなかったが、大丈夫なようだった(笑)。
Immigrationでの出国審査も、セキュリティも問題なく通った。
1997年の最初のインド旅行では、このニューデリー空港のセキュリティで、懐中電灯の予備電池を取られた。2回目の旅行では、ケララ州のトリヴァンドラムTrivandrum空港で、盗難防止にサブザックを椅子やテーブルに括り付けて置くため、日本から持って行ったダイヤルキー付きのチェーンロックを、何の説明もなくセキュリティに取られてしまった。
今回は珍しく(笑)、何も取られなかった。
「JL472」便は、20:15ニューデリー、インディラ・ガンジー国際空港を離陸した。
飛行機がJALのため、機内は50~60代位の男女の日本人団体客で一杯だった。
シートNo.32Kの私の席の前後からは、物乞いに囲まれて怖かった、いや俺は何もやらなかった、一度やったら次々だからな。あの寺は凄かったな、しかし裸足は勘弁してくれだよ、汚いし。でもタージ・マハルは一度は見ておくべきものだよ、など興奮気味の得意げな話が聞こえてくる。
私は疲れていた。
そしてインドに来て3回目だが、これほど帰りたくないと思ったことはない。