歳をとっても旅が好き

海外ひとり旅の記録?いや記憶かな

ミャンマーひとり旅(2017年) <6> まだ3日目 「Welcome to Myanmar!!」

<3日目―2>
2017年 5月24日 水曜日 ミヤワディ晴れ 暑い。

<国境の川 モエイ川を渡る>
モエイ川に架かる500mほどの橋の途中で、記念写真を撮る観光客のそばに、小さな子供連れの物乞いが何組も座って居る。1組などは2歳くらいの男の子が前に立って合掌する。そんなのは常套手段だとは分かっていても胸がつかれる。タイで溜まった小銭を、小さな手の上に乗せてやる。そうやって橋の上の5組の物乞いの親子の缶の中に、残った小銭を全部入れて来た。

橋の向こうにミャンマーのイミグレーション。その先はミャワディの町だ。


<まさかの「Welcome to Myanmar !!」>

ミャンマー側のimmigrationはミャンマー風の建築を模した建物だが、真ん中を車が通行する道路が通っている。手続きをするオフィスは、高速道路の料金所みたいに道路の横に建てられた小さな建物だ。
車が右側通行なので私も入国は右側かと思って道路を渡ったら、肩章の付いた白い制服を着た職員にあっち側だと言われ、また戻る。

ミャンマーへの入国に際し、ビザはe-VISA、大丈夫か、arrivalカードの書き方や、どこでどんな風に書くのか、軍事政権時代の名残で官僚がきちんと対応してくれるのかなど、不安が一杯だった。

おずおずとImmigrationの中に入って行くと、軍服姿で背の高い、いかにも理知的な顔立ちの若い職員が中に招き入れた。

そこは小さな部屋で、机が2つ並んで置かれていて、奥の机にPCが据えられている。部屋は2人入ったら一杯になりそうなほど狭い。
パスポートとe-VISAを印刷したレターを差し出すと、PCの無いほうの机の前に座るよう流暢な英語で言われた。興奮していたためか荷物を降ろすのを忘れ、大きなバックパックを背負ったまま座ると、私の前にザラ紙に印刷されたarrivalカードが渡され、これを書くように言われた。私がウェストポーチからボールペンを取り出そうとすると、直ぐにその職員がペンを渡してくれた。

arrivalカードを書いて渡すと、今度はパソコンの置かれている机の前に移動して、私のe-VISAを調べて少しの間眺めていたが、パスポートに入国スタンプを勢いよく押してくれた。この間ニコリともしなかったが、いろいろ聞いても教えてくれそうな親切な印象を受けた。パスポートのスタンプを確認して立ち上がると、気付かなかったが欧米人の女性が1人窮屈そうに後ろで順番を待っていた。

部屋を出ると直ぐにまた職員が立っていたので、荷物のチェックなど、この先何処に行くのか聞くと、私を今出て来た部屋に連れて行った。

私を見た先ほど対応してくれた長身の職員が、その人はもう終わったとビルマ語(ミャンマー語)で伝えると、連れて来た職員は「Welcome to Myanmar !!」と言ってくれたので、私も「Thank you!! 」と言って握手した。
荷物の点検も何も無かった。もちろん賄賂の様な要求も無い。意外にもフレンドリーで家庭的な対応の様な気がした。でもあのやり方で、沢山の申請者が来たら大変だろうなぁ。

<国境の町・ミヤワディ>
ミャンマーのimmigrationを出ると、ミヤワディ(Myawaddy)の街だ。
沢山の人や車が出入りしている活気のある町だが、国境の町らしく、道の端には路上に机を置いただけの両替屋がズラリと並んでいる。座っているのは殆ど女性だ。

BUS Stationの様なところは無いかと通りを進んでいくと、待ってましたとばかり沢山の「何処に行くんだ?」との声の連呼に遭う。黙って進むが、その中で首筋に大きな傷のある若い男がずっと付いてくる。私は両替をしないとミャンマー・チャット(Kyat)が無いので、誰に言うとも無く「I want to Money Change.」と言って良さそうな両替商を探して歩くと、その男が両替の後何処に行くんだ、ヤンゴンかと私並みにブロークンな英語で聞く。私は「モウラミャイン」(Mawlamyine)と言った。

ミヤワディの町に入ってきた

実は日本で最初にミャンマー大使館でVisa申請した時は、入国から出国迄の間の、ミャンマー国内の移動ルートは全て記載して提出しなければならなかった。何か昔のソ連旅行の様な雰囲気を感じて、それで一般受けするルートの方が承認され易いかと、ミヤワディに入国したら直接ヤンゴンに向かうルートで申請したのだ。しかし、大使館ではそのミヤワディからヤンゴン迄の、交通機関の予約のVoucherが無いと駄目ですと断られて仕舞ったのだ。
仕方ないので、e-Visaに挑戦して、漸く取得できたe-Visaで今日入国できた。
そのe-Visa申請時には、ミャンマー国内を移動するルートを事前申請する項目が無かったし、取得したe-Visaには、「Port of Entry」は「Myawaddy Land Border Checkpoint」と記載されているだけだった。
つまり、ここミヤワディから入国した後は、治安上の規制エリア以外なら、どこでも行けるということだ。だったら此処から真っ直ぐヤンゴンに行くなんてもったいない。
まずは、モウラミャインだろう。

モウラミャインの場所

<シェアタクシー>
しかしここでは、旅行者の多くはそのままヤンゴン(Yangon)へ行く人が多いと聞いていた。私の言で彼も離れて行くだろうと思っていると、モウラミャインならこっちだと駐車している白いトヨタの商用車プロボックスに案内する。

中にはドアの窓枠に凭れて、気怠そうに出発を待っているミャンマー人の若い女性が乗っていた。
モウラミャインに行く人は少ないからか、ガイドブックにもバスは無くシェアタクシーでと書いてあった。しかし周囲を見ても他にシェアタクシーらしき姿はない。勿論乗り場の看板も無ければ、同業者のたまり場の様に、シェアタクシーが何台も並んでいる訳でもない。
あの若い女性が、ひとを安心させて騙すための「サクラ」じゃないだろうかと一抹の不安もあったが、旅行中には何回かあるうちの、最初の「清水の舞台」だ。
このタクシーでも良いかと思い、男に幾らだと聞くと25,000Ksだと言う。日本円で大凡2,000円だ。モウラミャインまではだいたい4時間行程らしい。高い様な気がしたが、まぁ良いか、他に探す方法も思い浮かばない。


その男が連れて行った路上の両替商で、タイバーツの裡2,000THBを両替したら60,000Ksと酷いレート(多分通常の2/3位かな)だった。
しかし年取って感じるのは、ボラれたからと言って出せる範囲なら無闇に怒らなくなったのと、怒らなくなったら気が楽になったことだ。本当に切実で怒りが込み上げてくる時とは別に、単に軽んじられたり、甘く見られたり、プライドを傷付けられたから怒るときだってある。この時は怒らなきゃいけない!!っていう義務感に駆られていたりして。でもこれが疲れるんだよね。

という訳で、私は怒らずプロボックスの車中の人となった。
この後この車は更にお客を集めて、若い男性1人と女性3人が追加され、前の席はドライバーと助手席に私。後ろの席に女性4人。若い男性は何と後ろの荷物室に入って行くことになった。私以外は全員ミャンマーの人だ。

ミヤワディからモウラミャインを目指して、シェアタクシーは走る