<2日目ー2>
1997年3月13日 木曜日 釜山 曇りのち雨
<釜山駅前>
マクドナルドを出ると中央路から地下に入り、「中央洞」(チュンアンドン)駅の自動券売機でW400(約56円)の切符を買い、地下鉄1号線に乗った。
次の駅「釜山駅(プサニョッ)」で降り、地下から滝の様な装飾の壁を見ながら地上へ階段を登ると、大きな広場に出た。
正面に「KNR」の釜山駅の白い大きな駅舎がある。
韓国の鉄道は国営で、「KNR」とは建設交通部傘下の鉄道庁(Korean National Railroad)のこと。韓国の国有鉄道の運営はここが担っている。
日本の「JR」も、民営化される前は国営で、日本国有鉄道(Japanese National Railways)「JNR」と言っていた。
もっとも私の父は電車を「省線」と呼んでいた。1949年国鉄になる前は、1920年に設置された「鉄道省」が国有鉄道事業を所管していたためだ。したがって戦前を知る人は、東京の山手線などを「省線」と言っていた様だ。
釜山駅は線路の上にある橋上駅の様で、駅舎の左横にはその外観を特徴づける、二階へ直接上がるためのスキーのゲレンデの様な巨大なスロープが付いている。
広場の右手には、1階にあるレストランの軒に赤い提灯を下げた、こげ茶色の大きなアリランホテル(Pusan Arirang Hotel)があった。

駅前の広場を横切るように駅舎に向かって歩いて行くと、途中の左寄りに瓦葺きの小さなツーリストインフォーメーシヨンの建物があった。
中にカウンターがあって、30才位の女性がいた。
初め日本語で「釜山には定期観光バスはありませんか。」と聞くと、怪訝そうな顔をするので、「Is there a sightseeing bus tour in Pusan?」と聞くと、「No」無いと言う。彼女は英語を少し話すが、日本語は全く分からないらしい。
仕方ないので、釜山と全羅南道(チョルラナムド)のFree Map地図をもらい、「Picture Postcard」はあるかと聞くと、奥に入って捜していたが、5通ほどの旧い釜山の風景の絵葉書を呉れた。「How much?」と聞くと、いらないと言う。礼を言って、駅舎に向かった。
<釜山駅(プサニョッ)>
駅の入り口は迷彩色の軍服姿の人と、紺のジャンパーにキャップを被った警察官風の人が多い。
1階は薄暗く大きいが、売店が並んでいるだけで人の出入りが殆どない。
更に左に歩いて行くと、ようやく待合室と切符売り場、それに発車標の大きな表示板が壁を覆っていた。
しかし釜山という韓国第二の大都市の中央駅にしては、人があまり多くなく小さな出札口だと思ったが、表示をよく読むと高速列車の「セマウル号」のみの出札口だった。
どうりで通勤客や学生の姿もなく、全体に慌てたり、急いだりする人も少ないはずだ。「セマウル号」は全席指定の長距離列車だ。
釜山駅に来たのは、一つは定期観光バスでも乗ろうかと考えたのと、やはり一度はその都市の中央駅とそこに集まる人々の姿を見てみたかったからだ。私は釜山から次の場所への移動に鉄道は考えていなかったので、今日だけがその機会と思っていた。
では「セマウル号」以外の列車や電車の出札口はどこかと捜すと、先ほど駅舎の二階に直接登っているスロープを思いだし、駅舎内の内階段で1階から2階に上がってみた。
行ってみると、確かにそこは釜山の中央駅らしい喧噪の場で、沢山の切符売り場とずらりと並んだ出札口、それより多い人と荷物で犇めいていた。
此処からどんな都市へ行かれるのか、発車標で行き先の表示を見る。
韓国の、日本で言えば東海道線の様な位置づけの「京釜(キョンブ)線」は、首都ソウル行き。
「慶全(キョンジョン)線」は、昌原(チャンウォン)、普州(チンジュ)、順天(スンチョン)、光州(クァンジュ)の松汀(ソンジョン)行き。これは韓国南部の半島先端をぐるっと東西につなぐような線路みたいだ。私が次に行こうとしている麗水(ヨス)にも、列車でならこの線を使うのだろうか。
「東海南部線(トンへナンブ)線」は、浦項(ポハン)行きだ。これは半島の東海岸を通る短い路線のようだ。

浦項(ポハン)と言えば、確か浦項製鉄所のあるところだ。
1965年6月22日に、日本の佐藤栄作首相が韓国の朴正煕大統領との間で結んだ「日韓基本条約」により、当時の韓国の国家予算が3.5億ドルだったところに、日本が戦後賠償として韓国に無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款3億ドル、合計8億ドルに及ぶ巨額な資金提供を行った。
この資金の一部を使い、日本の製鉄会社が挙って技術協力をして作った巨大製鉄会社が浦項製鉄所で、韓国の戦後復興に大きく貢献したと言われている。今では日本の製鉄会社のライバルだ。
<エアメール>
広いコンコースの中を、混雑を避けながら見ていたら、歩き疲れた。
1階に降り、トイレに行こうと探すが見つからない。
歩いている中年の男性に声を掛ける。「Excuse me. ファジャンシル ヌン オディエヨ?」トイレは何処ですか?と尋ねた。
一瞬、男性は怪訝な顔をしたが、黙って、降りてきた階段と反対側を指さして行って仕舞った。
トイレに行こうとすると、途中にロッテリアを見かけた。
トイレの後、入ってコーヒーを頼み、あまり混んでいない奥の席に座った。
ツーリストインフォーメーシヨンで貰った釜山の絵葉書のうち、釜山の代表的なビーチらしい「海雲台(ヘウンデ)」と、真っ赤な朝日が美しい「五六島(オリュット)」の2枚を出して、家族に向け釜山に着いた昨日のこと、今日のことを書いた。たった1日半のことだが、2枚続きで書いても足りない位だ。
今朝、マクドナルドで見掛けた若い日本人旅行者を、ひとり旅を好む人も、それを他人に話したい欲求からは逃れられないんだなぁと思ったのが、そのまま自分のことだと苦笑する。
ふと、以前長女がイギリスや旅行先のギリシアなどから送ってくれた絵葉書を思いだし、宛先の家の住所の下に「JAPAN」と書き、上に赤字で「BY AIR MAIL」と記した。
自分が外国から手紙を出すとは思っていなかった。どの位の期間で日本に着くのか判らなかったが、このまま旅行を続けて何通も出したいと思うくらい、外国の地から手紙を出すことは魅力的なことに感じた。
書き終わると、駅の中を切手と郵便ポストを捜して歩いたが、どこにも無い。
私が帰る前に最初の絵葉書位着いていて欲しくて、それを思うと気が急いて、仕方ないあのマクドナルドの先にあった中央郵便局まで戻ろうかと考えた。
其の後「竜頭山公園」に行けばよい、ついでに「国際市場」で下着を買おう。洗濯をしていないので、持ってきた下着が残り少ない。
