歳をとっても旅が好き

海外ひとり旅の記録?いや記憶かな

韓国ひとり旅(1997年) <8> 2日目 釜山の街歩き

<2日目ー1
1997年3月13日 木曜日 釜山 曇りのち雨

 

<釜山の街を歩く>

まだ暗い裡から、中央路(チュンアンノ)を通る車の音が聞こえる。韓国長期信用銀行の大きなビルの裏手にあるのに、この二階の部屋にも騒音が入って来る。
窓を開け、外をみても視界が開けない。暫く布団のなかで横になっているうち、7:00AMにセットした目覚ましが鳴った。

今日一日は釜山の街を歩いてみるつもりで、丸首セーターの上にグレーのシャツ、下は綿のチノパンツを履く。茶の厚手のコートは置いていく。
手にはガイドブックと手帳を、昨日もらったコンビニエンスストアの袋に入れて持ち、9:00AM部屋を出た。

途中の従業員部屋の前で、昨日の女性が沢山のシーツを畳んでいた。
「もう一晩泊まります。」と日本語で言うと、少し笑って頷いた。

中二階のフロントでご主人に会うと、もう一泊と言ってW20,000(約2,800円)を出した。
釜山で何処を見たら良いか聞くと、「ヨンドウサン コンウオン(竜頭山公園)」や「テジョンデ(太宗台)」、「ポモサ(梵魚寺)」と色々教えてくれるが、会話の言葉が日本語で地名が韓国語のはずだが、どこまでが会話でどれが地名なのか区別がつかず、良く聞き取れない。
でも名所旧跡よりも、ただ異国の街を歩き回りたいだけなので、判らないままお礼を言って宿を出た。

 

通りは通勤の人波も一段落したのか、朝の空気の中で閑散としていた。
商店も日本の様に暖簾を出したり、ショウケースや雑誌のラックを店先に出すこともなく、ガラス戸の奥に静まりかえっている。

旅館の一室から外に出ると、自分が居て良い場所や、行く所が無いのを痛いほど感じる。これが自由と言えばそうだが、朝の街には他に所在無げな人はいないので、自分独りが浮いている様な気がする。
まるで定年を迎えたサラリーマンみたいに、居場所がない。

中央洞界隈

 

<朝食はマクドナルド>

食事をしようと思って、また昨晩行った中央路のマックドナルドへ行く。
今朝の店内は昨夜よりも混んでいて、独りで食べている人が多い。

カウンターには、昨日と違う白いシャツ姿の背の高い若い女性がいた。髪を後ろに束ねて学生の様だったが、制服姿ではなかったので昨日の男性と同じマネージャーなのかもしれない。
後ろのパネルを指して、チーズバーガーセットの「NO,2 SET ,Please」と言ったが、セットに付いた飲み物がジュースだけだったので、「Can you change the set drink into coffee?」と聞いてみると、「No.」と言われた。仕方ない、コーヒーを別に頼んだ。

 

W2,500(約350円)払って、チーズバーガーセットとコーヒーの載ったトレイをもって昨日と同じ窓際の席に行こうとすると、手前の席に、赤いヤッケを着て隣の席に大きなザックを置き、足を組んで声高に喋っている若い男性の二人ずれがいた。

店の中はざわめいてはいたが声高に喋っている人は少ないので、その声は耳についた。本を真ん中に話している声を、聞くともなく聞こえてくるのは、日本語だった。

旅行者らしく、私と同じ独り旅同士が釜山で偶然知り合ったようで、お互いが通過してきた土地の事や、韓国の印象などを少し得意げに話していた。
チーズバーガーを食べながら、ひとり旅を好む人も、それを他人に話したい欲求からは逃れられないんだなぁと思う。