歳をとっても旅が好き

海外ひとり旅の記録?いや記憶かな

韓国ひとり旅(1997年) <4> まだ1日目 釜山(プサン)市内で宿探し

<1日目ー3
1997年3月12日 水曜日 釜山 晴れ

 

<釜山(プサン)市内「中央洞(チュンアンドン」>

車内を見ていると、バスの乗客は自分の降りる場所が近づいてくると、後ろの席から前の席に順次移動して降車に備えている。
走行中はバスが飛ばしているので、誰も席から離れない。ましてや停まる寸前などは急ブレーキが当たり前なので、のこのこと後ろから移動して来ようものなら体ごと飛ばされかねない。
私も途中からそのことに気付いていたが、ここで降りなければ知った地名が無くなってしまうと思い必死だった。

降車ボタンを押すと、バスは予想通り急停車した。
左手に持ったサブザックが飛んでいってしまうのではないかと思うような衝撃を受けたが、なんとか踏ん張ってよろけながらも、車体中ほどにある降車用の出口から出て、「中央路(チュンアンノ)」の舗道の上に降り立った。

 

釜山・中央洞付近

 

改めて地図で見ると、釜山の地下鉄(チハチョル)は1号線一本が南北に走っている。釜山駅付近の中心街では「中央路(チュンアンノ)」という主要道路の下を走っていて、その道路沿いに地下鉄の駅がある。

「中央洞(チュンアンドン)」は「釜山駅(プサニョッ)」と繁華街の「南浦洞(ナンポドン)」や「チャガルチ市場(シジャン)」の中間で、日本の下関と結んでいる釜関フェリーや、国内の沿岸フェリーの桟橋に近い。「中央洞」のすぐ先が釜山港だ。

最初の宿を捜すのに、いきなり繁華街は荷が勝ちすぎているし、フェリー埠頭近くならそれなりの宿が見つかりやすいだろうと思って、「中央洞」を目指してきた。

私は最初の宿だけは日本で、航空券と一緒にHISで予約して行こうかとも考えたが、飛行機が昼に着くので、十分宿を捜す余裕があると思ってしてこなかった。しかも、日本で予約できるホテルは皆一泊1万円以上で、今回私が考えていた旅行のスタイルとは相容れないものだった。
しかし空港で意外に手間取ったのと、長いバスの乗車時間の為、既に15:00PM近くなっていた。

 

 

<今宵の宿を探して>

釜山は晴れで、考えていたより暖かい。すでに街中の人が誰も着ていない様なコートを羽織り、左肩にサブザックをかけ、汗をかきながら、まずガイドブックに載っている旅館街を目指して歩き出した。

ガイドブックによれば、韓国の宿泊施設には、一般的な洋式の「ホテル」と、それよりも安い「旅館」(リョガン)があるらしい。
韓国語には、このように日本語と同じ意味を持ち、似たような発音の言葉があるようで、「新聞」なども「シンムン」と呼ばれている。
この日本の呼び方と同じ様な名前の「旅館」は、所謂「安宿」や「ゲストハウス」並みなのか、それよりは衛生的で、寝具も清潔なのかなど全く知識がなかった。

 

しかしこの「旅館」には、オンドルの部屋(パン)があるらしい。
オンドルは、朝鮮半島や中国東北部などにある床暖房の装置で、かまどや炉などから出る熱風を居室の床下に通すことで、床全体を温めるものだ。
私は料金的な魅力もさることながら、今回の旅行では是非ともこの朝鮮半島独自の「オンドルパン」(温突房)を体験してみたかった。
そこで、ガイドブックに載っている「旅館」が中央洞にあるらしいので、そこを探して訪ねてきたのだ。

そしてその「旅館」の目印には、なんと「温泉マーク」が付いているらしい。
日本では「温泉」の本来の意味から、連れ込み旅館のマークになってしまったこの印が、本当に堂々と看板に描かれているのか、それも興味深々だった。

 

ガイドブックの地図を見ながら、目の前にあるビルが韓国長期信用銀行と思い、この裏あたりと捜したが、どの商店を見ても中が薄暗く、表のハングルは読めず旅館かどうか判断がつかない。
歩き、立ち止まっては地図を見ると、どうも違う。隣にあるはずの東亜日報がない。
海はどっちだと地図を逆さにしてみると、どうも「中央路」の反対側を捜していたようだ。

では通りを渡ろうとすると、横断歩道がない。あっても誰も信号の下で待っていないのだ。ではどうやって渡るのかとしばらく見ていると、交差点近くに地下鉄の入り口みたいなものがある。入ってみると、道路の下は地下鉄だけが走っているのでは無く、道の両側を繋ぐ横断歩道や、薄暗い小さな店が並ぶ地下街にもなっていた。

 

<ソウル荘?>

反対側にまわり東亜日報の社屋の裏に出たが、やはり表に商売を表す目印がなく、特徴の無い商店が並んでいた。この付近は市庁舎も近くオフィス街らしいが、一本裏通りに入るとあまり人気が無い。

この辺りに旅館が並んでいるはずなのだがと、付近を行ったり来たりしていたら、一人の小柄な中年の婦人が側に寄ってきた。

旅館を捜しているのかと日本語で言う。釜山に降りてから初めての客引きかなと、茶色のセーターに黒いズボン、手に何も持たない姿に直感的にそう思った。
「いえ、自分で分かりますから。」と、咄嗟に日本語で言って歩き出そうとすると、「ソウル荘?」と聞く。

その名前はガイドブックで見て、泊まる宿の候補の一つだったので、思わず頷くと、ここだよと隣の4階建てのレンガ色のビルを指し、付いてこいと言うように先に立って歩き出す。

隣のビルまで案内されてコミッションをとられてはたまらないので、いいです、自分でいきますと言って白いハングル文字の書かれたガラス戸を開けると、婦人は怪訝そうな、少し感情を害したような様子で私を振り返り、行ってしまった。

私はそれが親切だったとしたら申し訳ないという気持ちと、単にコミッションを取り損なって怒っているのか良く分からないままだった。

ソウル荘旅館