<4日目ー3>
1997年3月15日 土曜日 大邱 小雨
<薬令市(ヤクリョンシ)>
郵便局で書いて貰った地図を頼りに行けども、代理店が無い。「アリラン」がない。
そのうち昨晩夕食を食べていないし、今朝の朝食も未だなので、足元がふらふらし、口が渇く。
明日が日曜なのでチケットだけでも取っておかねばと、また歩く。「近く」のはずだがなぁ。
気が付くと、何処からともなく漢方薬の臭いがしてくる。
匂いはこの一画の町並みに立ち込めている様で、歩き進めると更に濃くなってくる。どうやら有名な薬令市(ヤクリョンシ)まで来てしまったらしい。
すでに旧城壁の南縁辺の南城路(ナムソンノ)の近くだ。
歩いて来た道も中央路から一本西側の鍾路(チョンノ)だったのかもしれない。
この薬令市は、朝鮮時代の1658年から続く、韓国で最古、今でも最大級の韓方(漢方)薬材の専門市場らしい。
前出の森崎の書には「朝鮮人参をはじめとする薬草の市は伝統的なもので、清国や江戸時代の日本とも対馬藩を経て交易し」ていたと記されている。
今もここには、道の両側に韓方(漢方)の医院や薬局、一見ただの木の根や切り株、木の実にしか見えない薬材を、木箱に詰めて店頭に置いた卸売店などが軒を連ねていて、独特の濃厚な香りが漂っている。
雨のせいか、各店はガラス戸を閉じて、人の立ち働く姿が見えないが、看板やガラス戸には「ヤク(薬)」や「ヤクックッ(薬局)」など、僅かに知っている「ヤク」のハングル文字が並んでいる。
しかしこの通りには、漢方薬を扱う以外の一般の商店も飲食店も全く見当たらない。この区画全部が薬材の町なんだろう。
東大邱駅から大邱駅までのバスの途中で、間違って降りてしまった七星市場(チルソンシジャン)のその周辺のような、露店を並べた店構えや活気はここにはなく、全てが店のガラス戸の中に行事よく収まっていて、ハングル文字の看板を除けば、日本の地方都市のややさびれた商店街の様だ。もちろん、この漢方の強い匂いを除けばだが。
歩いていても特に楽しくはないなぁ。晴れた日ならまた違った様子なのかもしれない。しかし今は、この有難い香りより、空腹が身に堪えている。
<ようやく列車の切符を買う>
漢方薬の匂いの漂う一区画分通りを抜けると、いきなりケンタッキー・フライド・チキンがあった。
そこで昨日の昼のマクドナルド以来の食事をする。W4,000(約560円)。
やっぱりケンタッキーは高い。しかし、せっかく韓国に来てマクドナルドやケンタッキーばかり食べていては仕方ないが、初日の釜山から、韓国の食堂では苦労が多くて、つい足が遠のいてしまう。
しかし、世界共通のファストフードとは言っても、韓国のケンタッキーはちょっと違う。チキンは日本と変わらないが、コールスローは韓国風な味と匂いがする。でも、これって薬令市近くのお店だからって訳はないよね(笑)。
やっと人心地し、郵便局で書いて貰った案内図を逆さまにして、もう一度さっき辿って来た道を戻る様に歩きだす。
すると教えられた道の反対側に、「アリランTRAVEL AGENT」があった。
そこでようやく、明日08:44ソウル行き「ムグンファ」号の切符を買うことが出来た。
W12,300(約1,722円)だった。正規の運賃はW11,200(約1,568円)だからコミッションはW1,100だ。約10%か。
韓国の鉄道は、昨日東大邱(トンテグ)まで乗ってきた超特急の「セマウル」を筆頭に、特急「ムグンファ」、急行「トンイル(統一)」、各駅停車の「ピドゥルギ(鳩)」に分かれている。私が予約した特急の名称「ムグンファ」は、韓国の国花「むくげ」(木槿)のことだ。
これで安心と、できればこのあとむかし森崎和江の家のあった郊外の「三笠町」や、鳳山小学校、大邱高等女学校などの跡地を訪ねてみたかった。
しかし、また郊外へ行くバスを間違えて乗ってしまったらなど、釜山での有名な梵魚寺へ行くバスをさえ間違えたことを思い出し、ましてや今では町の名前さえ変わってしまった場所へ行くなど、ほとんど無謀の様な気がする。さらにこの雨で、気持ちがややもすると落ち込んでくる。
なんとなく再び中央路と交差する西新路、東新路の下にある地下街や、東城路の繁華街を歩いてみる。店先を見ながら長女と次女のお土産を考えるが、女性には何が良いのか分からない。
ロッテリアで休憩。コーヒーとアップルパイ。マクドナルドと同じだ。W1,500(約210円)。
昼食に食べたケンタッキー・フライド・チキンのコールスローは韓国風の味だったが、ここのコーヒーも韓国風の味がした。
脚が棒の様になり、雨の中次第に混んできた土曜日の雑踏の中をホテルへ帰る。
寝た。昼間から横になれるのは大きい。しかもオンドルパン(温突房)の、布団を通して背中から温められる気分は最高に気持ちが良い。
<大邱の夕食>
16:00PM過ぎ、夕食を食べに再度街に出る。
釜山での経験からか、商店のガラス戸に描かれたハングルでなんとなく食堂か否かのあたりがつくようになった。いわゆる「シッタン」や「プンシッチッ」と呼ばれるような町の食堂の扉を開けた。
まだ時間が早いからか空いたテーブルに座って、注文を取りに来た若い女店員が差し出す写真入りのメニューを見る。今日はケンタッキーとロッテリアの物しか食べていない。ご飯が食べたい。それも簡単に食べられる焼き飯チャーハンにしよう。
写真を指さすと、女店員は当然の様に何か聞いてきた。
早口の韓国語なのでまるで意味が分からなかったが、単語の中の「ベーコン」と「キムチ」だけは聞き取れたので、多分ベーコンとキムチ入りにするかと聞かれたのだと思った。それで「ベーコンonly」と言ったら、意外にも変な顔をされた。
次第に込み始めた店内で、多くの韓国の人に混じって、久しぶりに食べたお米のご飯は美味しかった。でも、キムチ入りが一般的だったら、食べてみても良かったかなぁ。W5,000(約700円)だった。
宿へ戻る途中、商店でパンを買う。「Take away」でと言うと意外にも通じて、ビニールの袋を広げて、買ったパンを此処へ入れろと言う。
支払って、「カムサハムニダ」と言うと、店員のおばさんはニッコリ笑った。パンW2,600(約364円)。
韓国の人も普通に笑うんだ。意外なことでもあるように、変に感動した。
韓国に来てから、私が日本人だからか、会う人、店の人、愛想笑いでも笑顔だったのは何人いただろう。
ソウル荘の女性従業員は2日目になって、釜山タワーの展望台でアイスクリーム屋の女性に写真を撮って貰ったとき、そしてパン屋のおばさん。笑顔って、何ていいんだろう。
本当はもっと笑顔を向けて貰っていたのに、こっちの気持ちが変に構えていて、気づかなかっただけかもしれない。
大邱では森崎和江の描いた戦前の町は、当たり前だが、どこにも見つけることは出来なかった。でも、最後におばさんの笑顔が見られて良かった。
コンビニエンスストアで、ペットボトルのミネラルウォーターW600(約84円)とボールペンW450(約63円)を買って帰る。
少ししか歩けなかったが、大邱ともお別れだ。