<2日目ー8>
1997年3月13日 木曜日 釜山 曇りのち雨
<テジカルビ?>
夕食を摂ろうと18:00PM頃部屋を出て、通りを渡り、左手の先にある焼き肉店に入った。
白い建物で、ハングルの看板が架かっている。屋号に「山口」と韓国内で殆ど見掛けない漢字が使われている。更にハングルの中に「カルビ」の文字が入っていた。他のハングルは分からなかったが、これだけは読めた。
「山口」の由来は、ここが釜山―下関間を結ぶ「釜関フェリー」の着く港で日本との関係が深いからか、それとも単に在日韓国人の人をはじめ日本で生活する人が多く、その人達目当ての屋号なのかは判らない。
ただ屋号が「カルビ」なのだから、今夜はカルビが食べられるだろう。

店は珍しく外から店内が覗けたが、まだ人が少ない。横手にある入り口のガラス戸を引くと、蝶番が引っかかっていてガクガクしながら開いた。
店内は比較的広く、10卓以上のテーブルがある。まだ数組しか客がいなかったが、私が入って行くと皆がじっと私を見ていた。
出てきた40才位の女性に、指でひとりだと示すと、隅のテーブルに案内された。隣は4、5人の男性のグループで、皆酒を飲んでいた。
壁に貼られた「品書き」を見たが、ハングルの他に日本語でも書かれている。
屋号の漢字といいこの日本語といい、日本人や韓国語を話せない在日2世、3世などの観光客が多いのかもしれない。
私もれっきとした「観光客」なので、「カルビ、イリンブン チョセヨ」カルビを一人前下さい,、と言った。すると隣の男達が一斉に私を見た。
<カルビは二人前から>
日本人が韓国語を喋る(?)と思ったのか、それともこの日本人が贅沢なカルビを食べるのかと思ったのか判らない。
彼らが食べていたのはW9,000(約1,260円)のカルビでなく、W5,000(約700円)のテジカルビ(豚カルビ)だった。
私は豚肉のカルビがあること自体を知らなかった。日本でも聞いたことがない。
店の女性は、私の注文に対し不愛想に韓国語で何か言ったが、私が全く理解していないのが分ると、今度は日本語で「カルビは二人分から」という。
そんなことは何処にも書いてない。旅慣れない日本人とみて、足元を見てやがると無性に腹が立った。しかし此処で食べられなかったらまた他所を捜さなきゃならない。逡巡したが仕方ない、「二人前で」と日本語で言って注文した。
「二人前」の韓国語は知らなかった。
すると女性店員は気怠そうな顔をして、テーブルの真ん中の蓋を開けた。
彼女は、今度はバケツの様な物をぶらぶらさせて来て、テーブルの穴の中に熾きた炭を入れ、円錐型の網を被せた。そして昨日出されたような錫色の容器に、キムチや野菜の和え物の入った小鉢、ご飯、サラダ菜の様な「ナムル」が置かれた。
ステンレスの箸で小鉢を摘んでいる裡、女性の店員が骨の周りに肉をぐるぐる巻いたカルビを持ってきて、網の上に広げた。ジューという音がして肉が焼け始めると、煙が立ち上り旨そうな匂いがしてくる。
表面の色が変わり始めると、店員が無表情に肉を持ち上げハサミで切って呉れる。こんなサービスは高級焼肉店だけかと思っていたら、どうも普通のサービスらしい。いや、もしかしたらカルビ自体が高級な料理なのかもしれない。
カルビは旨い。ナムルに包んで食べるのだと、見様見真似で隣の連中を意識しながら食べ始めたのだが、肉が熱くても葉っぱが冷たいので食べやすく、また中にキムチや他の野菜を入れてもいい。日本の様に、タレに付けて肉だけで食べるより美味しい様に感じた。
昨日の活魚がW10,000(約1,400円)で後悔し、今日は夕食に何とW18,000(約2,520円)もかかってしまった。しかし、確かに美味しかった。
通りを渡って、宿に帰った。フロントで鍵を貰う時、宿の主人に日本語で明日は麗水(ヨス)に行くと言った。
日本語で話せる気安さからか、何気なく、さっきそこの焼き肉屋で注文した時、ひとりなのに「二人前」じゃなきゃ駄目だと言われたんだと、少し店の対応をなじるように言うと、主人は事も無げに、焼肉の注文が二人前からは、韓国のやり方。普通だと言う。
驚いた。てっきり、日本人だからぼられたのかと思っていたのが、急に恥ずかしくなった。
部屋に戻ると、バスタブの中に立ってシャワーを浴びた。空気がひんやりして床の暖かさが嬉しい。布団に腹這いになりながら、ガイドブックで明日行く予定の麗水のページを見る。
明日は何時に起きよう、そう思いながら横になったが、直ぐに焼き肉屋でのことが脳裏に浮かぶ。
1人なのに「二人前」じゃなきゃ注文できないと言われ、これが韓国の習慣だなんて考えも浮かばず、日本人だからそんな扱いを受けるのか、馬鹿にしやがってなどと、すぐ短絡的に反応してしまう。
自分が、見知らぬ土地で外から身を守るように、まるでハリネズミが針を逆立てているみたいに身構えていることに嫌気がさす。
これじゃ旅行は楽しめないよなぁ。あれも過ぎたことだから忘れよう。あれこれ思っているうちに、寝てしまった。