<2日目ー6>
1997年3月13日 木曜日 釜山 曇りのち雨
<国際市場>
いまの「国際市場」(ククチェ シジャン)は、光復路から大庁路まで続く2階建ての細長いビルの中だ。
しかしなかなか2階へ上がる階段が見つからず、打ちっぱなしの無機質なコンクリートの壁に沿って歩いて、漸く階段を見つけ上がっていった。
階段の上のガラス戸を押して中に入ると、細い通路を覆い被さんばかりに衣類を山積みした店が、左右に並んでいる。
しかし外の店舗や露店の活気とは違い、客が誰もいない。
入った途端、品物の奥に座った複数の女性の店員が、突然現れた私を一斉に見た。しかし誰も呼び声を掛けてこない。
探しているものがどこにあるか、山積みの衣類とコンクリートの壁の間の狭い通路をぐるぐる回って歩く。皆目で追っているが分るが、誰も無言だ。
しばらく周囲を歩き、下着を売っている店の前で立ち止まった。
此処も商品の種分けが分からないほど、木綿やウールのシャツやパンツや股引が山と積まれている。しかもほとんどが白か、いわゆる「らくだ」色だ。
中年の女性店員が何か韓国語で言ったが判らず、私は「ネボク(下着)」と僅かに知っている単語を言い、前に並べられた商品の中からパンツを取り上げた。しかしそれはブリーフで、店員に「Do you have trunks?」と訊くが判らない様子なので、腿の辺りまであるやつと手真似をすると、綿の厚いトランクスを出して呉れた。
違うと首を振り、また商品の山を捜すと、今度は薄手のブリーフの生地でトランクス型の下着を見つけた。これは95年に家族でソウルへ行った時買って、気に入っていたものだ。
これを2着手にして「オルマエヨ?」いくら?と聞くと、片手を広げて何か言う。私も「ピッサヨ!」高い!と言うが、これが実際どの位の相場なのか判らない。取り敢えず、適正な値段なのか探りを入れたつもりだった。
彼女は私の心を見透かした様に、首を振って引き下がらない。
他に客のいない市場の中で、このやりとりをみんなが注視している。異様な気配を感じ、何か背筋が寒くなって来る。
早々に退散しようとW5,000(約700円)で手を打った。
さらに続く衣類を積み上げた狭い通路を通って、この先の階段で降りてしまおうと、わざとゆっくり歩いて行くと、靴下だけを売っている店があった。
私は旅行先で洗濯をしないので、下着と靴下の換えが今日までの分しか無い。靴下も買おうと、安めの物3足を手にし、店員の中年の女性に「オルマエヨ?」いくら?と訊くと、さっきパンツを買ったときのやりとりが聞こえていたんだろう。W5,000と紙に書いてみせた。
減額交渉しようとしても、全くまけない。仕方なくW5,000払うと、「W5,000、高くないよ。」と突然日本語で言った。

<突然の怒声>
階段を下り外に出ると、ほっとした。喧噪でも、あのよそ者を拒絶するような沈黙よりはましだ。しかしあそこは本当にガイドブックなどに出ている「国際市場」だったのかと疑問に思った。しかし今日買うべき物は買って仕舞ったので、店を眺めながら通りに戻る事にした。
東京の上野の「アメ横」の様に、売る品物ごとに店が固まっている。鞄屋の集まった一画の中に、登山用品を売っている店があった。沢山のザックと、シャツやベストが吊されていた。
私はパスポートや手帳、筆記用具を入れられるベストを前から捜していたが、手頃な値段のものがなかった。お茶の水の登山用品店では\5,000から\10,000もしていた。韓国に来て、もしあったら買いたいと思っていたのだ。
店にはいると中は狭く、殆どがザックで天井の上まで壁一面に吊り下がっている。
ベストは表に何着か吊してあったものしか無いようで、店先に戻ってハンガーに掛けられたベストを手繰って見てみるが、私が欲しかった仕様ではなかった。
私はパスポートを入れられる様な、手頃な内ポケットの付いた物が欲しかったのだ。値段はW25,000(約3,500円)からW35,000(約4,900円)位だったが、ふつうのベストなら他の所でもあると思い、店を出ようした。
すると、奥から背の高い、40才位のジャンパーを着た男が出てきて、何を捜しているのか、と言っているようなニュアンスで私の後ろから話しかけてきた。
私はベストを捜していると言おうとしたが、韓国語で何と言っていいのか判らない。英語やジェスチャーで何とか答えたとしても、ここには捜しているベストが無いのは判っているので、黙って歩き出した。
すると突然、後から「にっぽんじんか!!ありがと!!こんにちわ!!」と辿々しい日本語で、大声で怒鳴ってきた。
びっくりした。年輩の人で無くとも、日本人に対する憎悪感は根強くあることに驚いた。言葉が判らない事を考慮しても私の態度は非礼だったかなぁと思い返すが、他の外国人だったらあの様には怒鳴らないのではないかと思った。
市場の他の人たちが、殺気だって集まってきたらどうしようかと、韓国に来て初めて恐怖感を覚えた。私はなるべく後ろを振り返らず、ゆっくりとした歩調で表通りまででた。
