<2日目ー5>
1997年3月13日 木曜日 釜山 曇りのち雨
<南浦洞(ナンポドン)のナイキ>
南浦洞(ナンポドン)は、釜山駅前からきた中央路が海岸に沿って右に大きく曲がった所だ。釜山の市庁舎があり、釜山の町の中心地の様だ。
影島(ヨンド)に向かって釜山大橋(プサンテギョ)や影島大橋が架かっている。ガイドブックを見ると、この影島の先端には、宿の主人が釜山の観光名所として教えてくれた「太宗台」(テジョンデTaejongdae))がある。
断崖絶壁から海の景色を眺められる、釜山を代表する景勝地らしい。
でも、私は景勝地より人々の営みが感じられる場所が好きだ。
海岸沿いには魚市場や露天商が並ぶ。
この辺りが有名な東洋最大の魚市場「チャガルチ市場」(チャガルチシジャン)なのかもしれない。
反対に中央路を一本「竜頭山公園」側に入ると、最新流行のブランドショップが並んでいる。私は商店街を歩きながら、行き交う沢山の若い人たちとすれ違った。公園の閑散さとは対照的だ。通りの反対側に「ナイキ」を見つけたので入ってみた。
店内は黒や赤の色調でコーディネイトされ、ウィンド近くにシューズ、中にはTシャツやスポーツウエア、キャップなどが品良く並んでいる。店の奥で数人の女性客が買い物をしており、私はハンガーに架かったTシャツを見た。
いずれもナイキのロゴの「スオッシュ」がデザインされ、値段はW26,500(約3,710円)からW35,000(約4,900円)を越す。確かに私がお土産屋さんで買った「2002 KOREA」のTシャツよりセンスが良く、着て見たいが、たかだかTシャツの値段とは思えなかった。
日本円で4,000円弱は、ナイキのブランドを考えれば案外高くないと考えたかもしれない。しかし、韓国に来て、一泊W20,000の旅館に泊まり、昨夜暖かな布団で寝かせて貰ったら、私の中で金銭の感覚が違ってきたようだ。
手に取ったり眺めたりで逡巡していると、背の高いカジュアルな服装の若者が入って来て、店主らしい年輩の男性に「新しいのは入っている?」というようなことを言うと、私の横のハンガーをざっと見て、中の1枚を手にし、それを買って行った。
私はあっけに取られて見ていた。一体韓国の物の価格と所得水準が何処にあるのか、また判らなくなった。
すると奥で買い物をしていた数人の30才代位の女性達が、黒地に赤いナイキのロゴが入った袋を下げ、出口に向かって口々に買い物の成果を言い合いながら歩いて来た。聞くともなく聞くと、日本語だった。
手の空いた主人が此方を一瞥すると、私が何も買いそうにない客と思ったのか、奥へ引っ込んだ。
私はどうも自分が日本人である事を前提に、この国のやり方を対比して考えてしまいがちである様に、この国の人たちも「日本人である私」をどう思うだろうと考えがちだ。しかし彼はそんなことより、私がこの店に来るのにふさわしくない、単なる「貧しい人」でしかないと考えているのだろうと思った。
ハンガーの中からグレーのTシャツを選び、W26,500(約3,710円)で買った。
手にガイドブックの入ったコンビニエンスストアのポリ袋と、ナイキの赤と黒の紙袋をもって歩き始めた。
公園側の横道に入ると、鍋や釜の金物、鞄や袋物、衣料品などを店先まで山積みにした沢山の商店と、道の真ん中にこれも衣類や女性用の髪飾りなどを満載した屋台が停まっている。
この辺りが国際市場だろうか。
国際市場は、1945年に日本の敗戦後、戦時物資や引揚者の持ち物を売買する場所として始まったらしいが、1950年の朝鮮戦争の戦火を逃れて釜山に押し寄せた大量の避難民たちが、アメリカ軍の軍需物資を扱っていたことから「国際市場」の名前が付いたらしい。
寝具や厨房品、生活用品、衣類、韓国の伝統品まで何でもあると、ガイドブックにも書いてあった。